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福島地方裁判所白河支部 昭和38年(わ)84号 判決 1966年9月10日

被告人 大竹茂 吉田義一

主文

被告人両名をそれぞれ禁錮二月に処する。

但し、被告人両名に対し本裁判確定の日から一年間それぞれ右刑の執行を猶予する。

訴訟費用中、証人長久保久義、同舟木忠光、同中川西茂、同中川西一郎、同柿沼源二、同佐藤和男、同中川西重好、同根本辰之助、同小山田忠一、同関根栄、同水野吉三郎、同松本精一、同関根経男、同国井卯吉、同青戸学男、同野崎重弥、同青戸敏哉、同前田栄美、同吉田義美、同国井一良、同阿久津辰弥、同石井芳美、同本郷銀七、同蛭田正、同湯坐二衛、同北条佐四郎、同蛭田守、同高坂盛栄、同国島義広に支給した分は被告人両名の連帯負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人両名は、いずれも福島県東白川郡鮫川村の住民であるが、昭和三八年四月三〇日に同村の村長選挙が施行されるに際し、現村長である石田卯子八と被告人両名等の推す前田正男の両名が立候補するものと考えられていたところから、右選挙を前田正男に有利に進めようと意図し、右石田卯子八が村長在職中の昭和三一年九月二九日同村の昭和三〇年度歳入歳出決算の剰余金二、一四三、六六一円の中から百万円を東邦銀行浅川支店よりの一時借入金償還として同銀行に返済した旨の決算を村議会に提出し認定させたことに二重払いの疑いがあり、右村金百万円が行方不明であるとして、昭和三八年三月頃その旨記載した「村民の皆さんにお願い」(証二号)なるチラシを村民に配布したうえ、懇談会なる名称で同村の処々において村民を集め右同様趣旨の説明を行なつてきたのであるが、その際、被告人両名共謀のうえ、

一、同年四月中旬同村大字石井草字石井二三番地中川西茂方において、被告人吉田義一が、同村の住民である佐藤和男等約七名に対し、昭和二八年村が東邦銀行浅川支店から借り受けた二百万円が返済されているのに、昭和三一年九月に村議会の承認を得て更に昭和三〇年度の決算剰余金から右借受金の返済のためとして百万円差引かれた旨の説明を行なつた際、石田卯子八村長がその差引いた百万円を着服して懐に入れたと、同村長に右村金百万円につき着服等の不正行為がある旨告知し、

二、同月中旬同村大字赤坂東野字戸草一七八番地柿沼源二方において、被告人吉田義一が、同村の住民である柿沼源二等約二五名に対し、前同旨の説明を行なつた際、石田村長がその差引いた百万円を着服した、あるいはどこかへやつてしまつたと前同旨の告知をし、

三、同月中旬同村大字富田字反田二一一番地小山田忠一方において、被告人大竹茂が、同村の住民である青戸学男等約二〇名に対し、前同旨の説明を行なつた際、石田村長がその差引いた百万円を着服した、あるいは自分のものにしたと、前同旨の告知をし、

四、同月一七日頃同村大字西山字菅ノ目三七番地被告人大竹茂方において、被告人大竹茂が、同村の住民である国井卯吉等約四〇名に対し、前同旨の説明を行なつた際、村が銀行に借金がないのにあるとして石田村長が百万円を差引いた、それは二重払いとなるのでどこに支払われたか判らない、百万円は行方不明になつた旨、あたかも同村長に右村金百万円につき着服等(単なる違法行為以上)の不正行為があるかの如く告知し、

もつて公然事実を摘示して同村村長である右石田卯子八の名誉を毀損したものである。

(証拠の標目)<省略>

(被告人両名の本件犯行の動機目的について)

当裁判所は、被告人両名が判示説明会を開き本件犯行を犯すにいたつた主たる動機目的は、判示の如く、昭和三八年四月三〇日施行の鮫川村の村長選挙に際し、立候補を予想されていた現村長の石田卯子八と被告人両名等の推す前田正男との選挙戦を前田正男に有利に導こうとして石田村長を非難することにあつたのであつて、弁護人等の主張するような、村財政の明確化をはかるため地方自治法に基づく事務監査請求を達成するということにあつたのではないと認定する。以下その理由を述べる。

先ず同村の村長選挙が昭和三八年四月三〇日に施行される予定であり、当時その立候補者として現村長の石田卯子八と前田正男とが予想されていて、被告人両名等が前田正男を推していたことは明らかである(被告人大竹茂の当公判廷における供述、同被告人の検察官に対する昭和三八年七月五日付供述調書、被告人吉田義一の検察官に対する同年同月二三日付供述調書(被告人吉田義一に対して)、証人岡部豊(一〇回公判)、同岡部光四郎(一一回公判)、同関根経男(四回公判)、同北条佐四郎(一四回公判)、同石田卯子八(六回公判)の各公判調書中の各供述部分)。そして、右の事情のもとで、被告人両名は、判示の如く、選挙直前である同年三月から四月にかけ、石田村長の行なつた同村の昭和三〇年度の決算処理を問題にし、村民に「村民の皆さんにお願い」なるチラシを配布し、同村の処々において村民を集めて説明会を開いているのである。しかもそのうえ、被告人両名等は右決算処理に関して地方自治法に基づく事務監査請求をするとのことで、同年三月下旬被告人両名等の鮫川村事務監査請求代表者証明願を同村監査委員会に提出し、監査請求のための署名蒐集に入ろうとしたのであるが、監査委員から選挙直前であるから選挙の戸別訪問と混同されるおそれがあるとして右証明書を交付されなかつたため署名蒐集ができなかつた事実もある(被告人大竹茂の検察官に対する昭和三八年八月四日付供述調書、被告人吉田義一の検察官に対する同年同月一一日付供述調書、同被告人の検察官に対する同年同月二三日付供述調書(被告人吉田義一に対して)、第一二回公判調書中証人蛭田正の供述部分、第一四回公判調書中証人北条佐四郎の供述部分、事務監査請求代表者証明交付申請書の返却についてと題する書面(証三〇号)、鮫川村事務監査請求代表者証明願(証三一号)。そこで、右の諸事実から考えるに、被告人両名が違法不正ありとして問題にしている村の決算処理が約七年以前の昭和三〇年度のものであり、それを七年も経過した後、しかも村長選挙直前になつて選挙運動とまぎらわしいような方法で村民に大々的に訴えかけるにいたつたについては、その間に特段の事情のないかぎり、一応村長選挙を考えてのことと推認される。そして、全証拠によるも、右のような時期に右のような古い問題を右のような方法で持ち出すにいたつたについてその間に特段の事情あるものとも認められないのである。かえつて、後に説示する如く、被告人両名が村の昭和三〇年度の決算処理において銀行に償還するために百万円差引いたことに二重払いの疑いがある、あるいは差引かれた百万円は使途不明になつているとする根拠が極めて薄弱であるにもかかわらず、被告人両名の抱いた疑念を、当該決算処理について最も熟知しているはずの石田村長はじめ村当局者、あるいは会計担当者等に聞き質すなどして究明検討しようとせず、またさしたる調査、検討もせず、いきなり二重払いの疑いがある、あるいは使途不明になつている、更には石田村長に着服等の不正行為があるなどと大々的に村民に訴えかけたのであつて、このことよりしても、被告人両名の本件一連の所為が、主として村長選挙を意図としてなされたもので、村の決算処理を明確化し、その不正を追及しようとの目的から出たものでないことが認められる。事務監査請求というのも、村の決算処理の明確化のためというよりは、村長選挙を有利に展開するための一手段として掲げられたものにすぎない。たとえ村の決算処理を明確にするとの目的を併せもつていたにしても、主たる目的は村民に石田村長の決算処理に疑惑を抱かせることによつて、村長選挙に際し、被告人両名等の推す前田正男を有利にしようとすることにあつたことは明らかである。このことは、被告人両名の開いた説明会に出席し、その説明を聞いた村民である次の各証人も被告人両名の目的について右認定と同様の印象を受けていることによつても裏づけられる。すなわち、「このような説明をすれば、相手方の弱点をさらけ出すことができるばかりでなく、選挙も思うようにいくということから説明したのではないかと思います」(第四回公判調書中証人青戸学男の供述部分)、「当時村長選挙に石田氏と前田氏とが立候補していたので、その選挙戦にからんで石田氏を落選させるためのものと思いました」(第四回公判調書中証人関根経男の供述部分)、「村長選挙を控えての会合であつて、事実にないことをあるかのようにチラシを配つたり、説明会を開いたりしたことは、石田派を不利な立場にするためだと考えました」(第五回公判調書中証人金沢次男の供述部分)、「大竹さんからの百万円についての行方不明のことや青生野区長に対する使途不明の一〇万円の話に引続いて石田村政の全容はこのようなことによつて包まれているので再選させれば推測されるように真暗闇になるのではないかとの話がありました」「その当時は村長選挙前であつたため選挙の話でもちきりであつた。それで説明者たちが出す候補者の方向に向けようとするように感じられたのです」(第一〇回公判調書中証人岡部豊の供述部分)、「善意に解釈すれば村政を住民に知らせるとも思われたが、自分としては時期が村長選挙の前なので選挙に関連した集会だつたと思いました」(証人高坂盛栄の当公判廷における供述)、「私としては村長候補として石田さんに対立する人が予定されていたので、その運動的意味以外にないと感じました」(証人国島義広の当公判廷における供述)、また当時同村の監査委員であつた証人の北条佐四郎が事務監査請求について「当時は村長選挙のことが非常に世間の噂になつていたし、選挙関係のことを考えてそのような請求がなされたものと思う」と証言している(第一四回公判調書中同証人の供述部分)ことからも裏づけられる。もつとも、被告人両名は、選挙終了後村民の署名を集め事務監査請求を行なつた事実を認めることができる(事務監査請求書の受理についてと題する書面(証三二号)、事務監査結果についてと題する書面(証三六号))けれども、それは、前判示の如く、被告人両名が選挙前に監査請求のための署名蒐集に入ろうとしたのを同村の監査委員から選挙直前であるからとして監査請求代表者証明書を交付されなかつたため監査請求の時期が選挙後に遅れてしまつたものと認められるのであつて、選挙後において監査請求をしたことをもつて被告人両名の本件所為が選挙を主たる目的としたものでないということにはならない。したがつて、以上の理由から被告人両名が本件所為に及ぶにいたつた動機、目的を判示の如く認定する次第である。

(判示四の事実について)

第四回公判調書中の証人関根経男、同国井卯吉、同関根栄、同水野吉三郎の各供述部分によれば、右各証人はいずれも判示日時被告人大竹茂方において開かれた判示趣旨の説明会に出席し、その際被告人大竹茂から説明を受けた村民であるが、これらの全証人の各供述によるも、公訴事実にある如く、被告人大竹茂が右説明の際「石田村長が村金百万円をどこかへやつてしまつた」あるいは「着服した」との告知をした事実は認められない。ところで、証人関根経男(なお同証人は出席した説明会がどの説明会であつたかを明言していないが、同証人の供述内容、同証人の住所が被告人大竹茂方と同じ同村大字西山であり、その他の前記各証人の住所がいずれも大字西山であること、被告人両名は当時同村の部落単位に説明会を開いていたことを考え併せると、同証人が被告人大竹茂方における判示説明会に出席し、その内容を供述したものと認められる)は、被告人大竹茂の説明の中に二重払いという言葉が出て、それは「村が銀行に借金がないのにあるとして帳簿のうえで百万円を石田村長が差引いたということ」である旨発言したと供述し、また証人国井卯吉は、被告人大竹茂が、村金百万円が銀行に支払うということで差引かれた、それは二重払いになるので百万円がどこに支払われたのか判らない、行方不明のものだと説明した旨供述している。そして被告人大竹茂が説明会の席上右証言の如き発言、説明をすることは、前説示の如く、被告人両名が、村長選挙に際し、石田村長を不利にしようとの意図のもとに村民に同村長時代の決算処理に疑惑を抱かせようとして説明会を開いていたことからいつて十分ありうることで、右証言はいずれも措信できるところである。そこで被告人大竹茂の右発言を聞いた聴衆が右発言をどのように受けとつたか、右発言によつて、どのような印象を受けたかであるが、その点につき、右証人関根経男は、被告人大竹茂の右発言を聞いて石田村長が百万円を泥坊したものと思つたといい、また説明の後で説明を聞きに集つた大勢の人達が石田村長みたいな泥坊は村長としてかつがないと話していたと供述しており、証人国井卯吉も、被告人大竹茂から、誰が村金百万円を行方不明にしたかについては説明はなかつたが、自分としては石田村長がしたのではないかと思つた旨供述しているのであつて、被告人大竹茂は、前記認定の発言によつて、少くも右説明会の聴衆一般に、石田村長の名をあげ、同村長が昭和三〇年度決算剰余金より百万円を差引き、これを着服したものと印象づけたことは明らかである(右に反する証人関根栄、同水野吉三郎の各供述は措信できない)。このことは、被告人両名が説明会を開くにいたつた動機、目的、判示一ないし三において認定した如く、被告人両名は同じ頃開かれた他の説明会において石田村長が決算剰余金より差引いた百万円を着服した旨発言していること及び被告人大竹茂は検察庁に対して石田村長が決算剰余金より差引いた百万円の村金を使いこんだ疑いで告発していること(同被告人の検察官に対する昭和三八年七月五日付供述調書)によつても窺われるところである。してみれば、石田村長の名をあげて同村長が銀行に借金がないのにあるとして百万円差引いた、それは二重払いとなるのでどこに支払われたか判らない。百万円は行方不明になつたとする被告人大竹茂の発言は、石田村長に決算剰余金より差引いた百万円の村金につき着服等(単なる決算処理手続の誤り以上)の不正行為があるかの如き印象を与えるべく、しかも聴衆一般にその印象を与えるに十分な程度の具体性と強さをもつてなされたものと認めることができる。したがつて、被告人大竹茂の右発言は、石田村長の不正行為の具体的な態様について明言してはいないけれども、発言の積極性、印象の具体性、強さにおいて、石田村長に村金百万円に関して着服等の不正行為の疑いがある旨同村長の名誉を毀損すべき程度において事実を摘示したものと認めるに十分である。

(弁護人の主張に対する判断)

第一、(真実の証明の主張)

弁護人は、被告人両名の説明会における告知内容は、村金百万円が行方不明になつたという事実であり、右事実は真実であるから無罪であると主張する。

一、先ず本件において真実性の証明のために立証すべき事項(対象)は、すなわち、検察官が名誉毀損の訴因として掲げる範囲に属する被告人両名の告知内容の真実性である。ところで、本件において検察官が訴因として主張している被告人両名の告知内容は「石田村長は、鮫川村が東邦銀行浅川支店から借入れていた二百万円の債務を昭和三一年八月二四日までに全額返済し、同村の同銀行に対する債務は、なくなつたのに、同年九月二九日同銀行に対する債務の支払に充てるといつて、昭和三〇年度の決算残金より百万円を差引き、この百万円をどこかへやつてしまつた」というのであり、その趣旨は、石田村長が昭和三〇年度の村の決算処理にあたり、東邦銀行からの借入金が完済されているのに、同銀行への返済のためと称して勝手に決算剰余金より百万円を差引きどこかへやつてしまつた、つまり右村金百万円は銀行への借入金の返済には使われず、その使途につき石田村長に不正行為があるということであり、それゆえ、その不正行為の極端な場合としては、石田村長が右村金百万円を着服横領したことも考えられるのであつて、石田村長の着服横領の事実も訴因に包含されるものと解される。したがつて、真実証明の立証対象は、右村金百万円が銀行に対する借入金の返済として支払われていず、右百万円の使途について石田村長に不正行為-極端な場合として着服横領をも含む-があつたという事実であり、弁護人が主張するように、単に村金百万円が行方不明になつたという事実の証明だけでは、真実性の証明として不十分である。とすると、被告人両名の告知内容が、判示認定の如く、石田村長が着服横領したということである以上は、石田村長が着服横領したとの事実もまた真実証明の立証対象として必要不可欠なものとなるといわなければならない。以下右の前提のもとに真実性の証明の有無を判断する。

二、第六回公判調書中証人石田卯子八の供述部分、第八回公判調書中証人吉田義美の供述部分、第一四回公判調書中証人北条佐四郎の供述部分及び同証人の当公判廷における供述、東邦銀行浅川支店支店長相楽通作成の証明書、昭和三一年度鮫川村議会会議録(証九号)、現金出納簿(東邦銀行作成の領収証及び督促状添付・証二一号)、現金出納簿(証二二号)、借用金証書五通(証二三ないし二五号)、昭和二八年度鮫川村歳入歳出事務引継書(証一〇号)によれば、鮫川村と東邦銀行浅川支店との間の貸付及び返済状況は次のとおり認められる。

鮫川村は東邦銀行浅川支店から(一)昭和二八年九月二一日二百万円貸付けを受け、これにつき昭和三〇年七月一二日六〇万円、昭和三一年三月二日四〇万円、同年八月二四日百万円とそれぞれ返済して完済し、(二)昭和二九年四月一日百万円貸付けを受け、これにつき同年五月二四日返済している。ところで、被告人両名が説明会において問題にしたのは、右(一)の借入金二百万円の返済に関する村金の支出についてであるが、右(一)の借入金二百万円については次のとおりである。

すなわち、右借入金二百万円は昭和二八年当時の村長吉田義美時代に、塙高校鮫川分校建築費にあてるため、同村が地方自治法二三五条の三にいう一時借入金として東邦銀行より借受けたものであつて、本来ならば、同条三項により同会計年度の歳入をもつて償還されなければならないものであるのだが、いかなる事情に基づくのか判明しないけれども-おそらくは同村の財政状態が悪化していたこと(昭和二八年度鮫川村歳入歳出決算書(証四号)によれば、同年度は五六万円余の赤字となつている)によるものと推測されるのであるが-右一時借入金は同会計年度の歳入によつて返済されることなく、証書書替をして昭和二九年度、更に昭和三〇年度に繰越され(昭和三〇年四月一一日には村長代理助役水野勝美によつて右一時借入金全額についての証書書替が専決処分によつてなされ、同年五月三一日村議会に右専決処分の報告がされている(昭和三〇年鮫川村議会会議録綴(証八号))、石田卯子八が村長に当選就任した後になつて、昭和三〇年六月村議会の承認を得て、昭和二八年度の赤字をうめるということで村財政調整積立金から五六五、八四三円をおろし、これに一般会計からの三四、一五七円を加え、同年七月東邦銀行に六〇万円返済し、更に昭和三一年三月同銀行に四〇万円返済し、更に同年八月二四日昭和三〇年度の歳入歳出決算剰余金二、一四三、六六一円から百万円を同銀行に返済し、右決算処理を同村監査委員の審査に付したうえ、同年九月二九日村議会に提出し、その認定を受けたのである。

以上のとおりに認定でき、右認定を左右するに足る証拠はない。

したがつて、同年八月二四日昭和三〇年度の決算剰余金より差引かれた百万円は、右一時借入金二百万円の残債務百万円の弁済にあてるため間違いなく東邦銀行浅川支店に返済されたことを認めることができるのであつて、昭和三一年八月二四日以前に一時借入金二百万円がすでに完済されていて東邦銀行に対する債務がなくなつていたとか、あるいは昭和三〇年度の決算剰余金より差引かれた百万円は東邦銀行に対する右借入金の返済にあてられなかつたなどの事実を証明すべき証拠は全く存在しない。もつとも証人前田栄美(第七回公判調書中の供述部分及び第一七回公判における供述)は、昭和三一年八月二四日百万円東邦銀行に返済されて一時借入金の債務が完済された後、更に昭和三〇年度の決算剰余金二一四万円余から百万円を東邦銀行に返済するためとして村議会の認定にかけ差引かれた趣旨の供述をしており、被告人両名も同様に考えていたふしもみられるが、それは誤解ないし誤信であつて、昭和三一年九月二九日村議会に提出された決算中に歳入歳出差引残金から百万円東邦銀行借入金償還とあるのは、前認定の如く、同年八月二四日決算剰余金二一四万円余より百万円東邦銀行に返済したその百万円について決算処理として村議会に事後認定にかけたことを意味するのであり、八月二四日と九月二九日の二回にわたり百万円二重払いないしは二重支出したことを意味するものではない。ただ一時借入金は、前叙のように、本来歳入外の金員であり、同一会計年度の歳入金をもつて返済されるべきで、たとえそれが当該会計年度に返済されずに翌年度以降に繰越されても歳入歳出外の金員として処理されるべき性質のもので、それが歳入歳出の決算剰余金から返済されていることには疑問が残る。そこで問題は、どうして決算剰余金より返済するような会計処理をしなければならなくなつたかである。そしてそのためには、どうして昭和二八年度において一時借入金が返済されなかつたか、更には、翌年度以降に繰越された一時借入金に対してどのような会計処理がなされたかが究明されなければならないのであるが、その点については前記認定のような返済経過が認められるにすぎず、それ以上には関係諸証人の供述及び決算書等の諸帳簿類など全証拠によるも明らかになりえない。というよりも、それらの証拠からみるに、問題となる昭和二八年度から昭和三〇年度の鮫川村における会計管理が実に杜撰であつて(東白川地方事務所長作成の、行財政運営上改善を要する事項についてと題する書面も、同村の行財政指導監査をした結果同様のことを指摘している)。一時借入金に対する正当な会計処理もできないまま(なお、一時借入金のうち昭和三一年三月に返済された四〇万円についても、財源をどこにもとめ、どのような会計処理に基づいて返済されたものか明らかでない)、ただ借りたものを返済しなければということだけで昭和三〇年度の決算剰余金が出たのをさいわいにこれを一時借入金の返済にあてるという処理をせざるをえなくなつたものと推認される。したがつて、決算剰余金より百万円を一時借入金の返済にあてたということも、右の如き会計管理状態のもとでは、会計処理の方法としてやむをえなかつたものとも考えられる。それゆえ、右のような会計処理をしたことが直ちに使途不明の村金百万円が生じることを推測させるものともいえない。

以上みてきたところから明らかなように、昭和三〇年度の決算剰余金より一時借入金返済のために差引かれた百万円について石田村長が着服、あるいは使途不明にするなどの不正行為を行なつたとの事実は全く存在しないし、また一般的に村金百万円を石田村長が着服、あるいは使途不明にするなどの不正行為を行なつたとの疑いも存在するものではない。したがつて、被告人両名の摘示事実が真実であるとの弁護人の主張は理由がない。

第二、(正当行為の主張)

弁護人は、前記主張が理由がないとしても、被告人両名が本件所為に出たのは、村に公金百万円の行方不明の事実があるので、それを究明し、村財政を明確にしたいとの理由から、地方自治法に基づく事務監査請求を行なうべく、その前提として選挙権者である村民に監査請求の内容を説明しようとしたものであつて、刑法三五条にいう正当行為に該当し、違法性が阻却されると主張する。

たしかに、地方公共団体である村の住民が村の財政処理の明確化、公正化のために事務監査請求を行なうことは、地方自治法が住民に認めた権利であり、そして事務監査請求を行なうには、選挙権を有する者の総数の五十分の一以上の者の連署が要求されるのであるから、その署名を得るため村の住民に対し監査請求の趣旨、内容を明らかにする説明会を開き、村の財政処理を批判すること自体は、監査請求の署名蒐集のための代表者証明書が交付されない以前であるとしても、またそれが別の観点、例えば事前運動として公職選挙法の観点から違法とされるかは別として、正当なものと認められる。そもそも住民自治の理念によれば、村政は、全般的に、いついかなる場合でも村民の批判にさらされねばならないものであるから、村民により村の財政処理についての説明会が開かれ、そこにおいて村の財政処理が批判されることは正当なものとされなければならない。もつとも、本件において、被告人両名が説明会を開いた主たる動機、目的は、前判示の如く、村長選挙を被告人両名の推す前田正男に有利に進めんがため石田村長時代の決算処理に関して同村長を非難することにあり、それを事務監査請求に名を藉りて行なつたきらいはあるけれども、被告人両名に監査請求をしようとの意思が全くなかつたというのはなく(前判示の如く、被告人両名は、監査請求のため代表者証明願を村に出してその手続をとろうとしていたのであり、かつ選挙終了後監査請求を行なつている)、その意思もあつて説明会を開いたものと認められるので、被告人両名の主たる意図が村長選挙を有利に進めようとしたところにあるにしても、説明会を開き、村の財政処理ひいては石田村長を批判することは、それが公職選挙法に違反するか否かは別として、正当なものと認めることができる。しかしながら、右説明会において村の財政処理、それに関係した村の公務員を批判することは許されているにしても、その批判の内容が当該公務員の名誉を毀損するものである場合には、それが無制限に正当視されるものではない。村の財政処理、それに関係した村の公務員を批判するために当該公務員の名誉を毀損することは、一般の言論におけると同様、正当な事由がないかぎり許容されるものではない。むろん、正当な事由の存否を判断するにあたつては、公務員に対する批判、ことにその職務に関する批判は、国民固有の権利として十分に保障されるべきことを考慮に入れなければならないのであり、したがつて、正当事由と認められる範囲は、一般の言論における場合よりも広くなることはいうまでもないところである(刑法二三〇条ノ二第三項も右の趣旨から規定されている)。したがつて、本件においては、被告人両名は、事務監査請求という目的も併せもつて説明会を開き、その席上石田村長に対する本件名誉毀損の所為に及んだのであるが、前示のように、事務監査請求が村民に認められた権利であるから、右名誉毀損の所為が右権利の行使に必要なものと認められるかぎり、すなわち、当該事務監査請求に必要な限度ないしは相当な範囲に属するかぎりは正当なものとして違法性を阻却するものということができる。ただ単に事務監査請求の目的をもつていてそのために行なつたことだからということで直ちに名誉毀損の言辞が正当化されるというものではない。そこで、本件についてみるに、本件事務監査請求の目的は昭和三〇年度の村の決算処理を明確化し、そこに不正行為が存在するか否かを明らかにすることにあつたのであるから、被告人両名が右決算処理について疑念を抱いたところを説明すればそれによつてその目的は達せられるものと考えられ、それ以上に右決算処理に関し石田村長に横領等の不正行為がある旨の説明までする必要があつたものとは考えられない。更にまた、後に説示する如く、被告人両名が石田村長に横領等の不正行為ありとする根拠が極めて薄弱なのにかかわらず、あえて右説明に出たことからいつても事務監査請求のための相当な範囲を超えたものといわねばならない。そしてそのように被告人両名が必要な限度、相当な範囲を超えて、本件名誉毀損の所為に出たのも、やはり事務監査請求ということよりも、むしろ、右監査請求に藉口して石田村長を非難し選挙を有利に進めようということに被告人両名の意図があつたことによると考えられるわけである。したがつて、本件名誉毀損の所為は、事務監査請求のための正当行為として許容されるべきものとはいえない。よつて弁護人の右主張も理由がない。

第三(犯意阻却の主張)

弁護人は、更に、前記各主張が理由がないとしても、被告人両名は、村金百万円が行方不明になつたとの事実を真実であると信じ、そう信ずべき合理的根拠が存在しているのであるから、被告人両名の所為については故意を阻却し、無罪であると主張する。

一、本件において故意が阻却されるには、訴因に包含されている判示認定の摘示事実、すなわち、昭和三〇年度の鮫川村の歳入歳出決算剰余金より東邦銀行へ返済された百万円に関して石田村長に横領等の不正行為が存在することについて、被告人両名が真実であると信じ、そう信ずべき合理的根拠が存在していることが必要なのであつて、単に村金百万円が行方不明になつたとの事実について真実であると信じ、そう信ずべき合理的根拠があつたというだけでは足りない。

二、そこで、以下、被告人両名が判示摘示事実について真実であると信じていたか否か、また真実であると信じるについて合理的根拠が存在していたか否かを判断することにする。

先ず、被告人両名は、いかなることから昭和三〇年度の村の決算処理に疑念を抱いたか、そしていかなる資料を検討し、いかなる調査をした結果本件名誉毀損の所為に及んだかであるが、被告人大竹茂の検察官に対する昭和三八年七月五日付供述調書、同被告人の検察官に対する同年同月三一日付供述調書(被告人大竹茂に対して)、被告人吉田義一の検察官に対する同年同月一一日付供述調書、同被告人の検察官に対する同年同月二五日付供述調書(被告人吉田義一に対して)、第一〇回公判調書中証人阿久津辰弥の供述部分、第一二回公判調書中証人蛭田正、同湯坐二衛の各供述部分によれば次のとおりに認められる。

すなわち、被告人両名が昭和三〇年度の村の決算処理について疑問を抱いたのは、被告人大竹茂が、同村の監査委員をしたことのある関根友安の甥にあたる関根昭二から、右友安が昭和三〇年度の村の決算をめぐつておかしなことがあると言つていたと聞いたことに端を発するのであり、そして右関根昭二の話から同被告人が被告人吉田義一等とかたらつて昭和三〇年度の村の決算処理を検討するにいたつたのである。そしてその検討の際使用した資料としては、単に、昭和三一年九月二九日鮫川村村議会議案書、昭和二九年度から昭和三一年度までの鮫川村の歳入歳出決算書、地方自治小六法、地方自治読本といつた簡単な資料にすぎなかつた。また被告人両名が昭和三〇年度の村の決算処理に関して調査したこととしては、次の話を聞き及んだだけにすぎない。すなわち、村長をしたことのある税理士の阿久津辰弥から、昭和三〇年度の決算書は間違つている、金にくるいがある、一時借入金の償還については決算前に処置すべきであると聞いたことと、村の収入役代理などをしたことのある前田栄美から、東白川県事務所に勤める関根博康が一時借入金を決算剰余金から差引くことは違法であり、二重差引になるので、その分だけ使途不明金ができていると言つていた旨聞いたことだけにすぎなかつた。それ以上の調査をした事実を認めることができない(なお、被告人大竹茂の当公判廷における供述及び証人前田栄美の供述によれば、被告人大竹茂が前田栄美から、メモ(証二七号)を示されて、石田村長が昭和三〇年度の決算で百万円とつているのは間違いで、このメモにある金が入つてくれば、百万円はうめられると言つていた旨説明されたとあるが、被告人大竹茂、同吉田義一の両名とも、検察官から取調べを受けた際、本件所為に及ぶにあたり検討した資料の如何を詳細に尋ねられているにもかかわらず、両名とも右の如き忘失するはずのない事項について何ら供述していないのであつて、そのことからみて被告人両名が本件所為に及ぶ以前に前田栄美から右のような説明を受けていたものとは認められない。また同様に、その他、被告人両名が公判廷において調査、検討した資料、事実として挙げている点についても措信できない)。そして被告人両名は、右の資料、伝聞の話を検討した結果、昭和三〇年度の村の決算剰余金から一時借入金を返済しているのは地方自治法に違反する行為であり、一時借入金返済の時期と村議会で決算剰余金より差引く議決をした時期との間にずれがあることを疑問視し、その疑問から、被告人大竹茂は、百万円どこかへやつてしまつたという証拠はないが、やつてしまつたかもしれないと思つた(同被告人の検察官に対する昭和三八年七月一五日付供述調書)、あるいは昭和三〇年度の決算当時どうしても村に百万円の使途不明の金があると確信した(同被告人の検察官に対する同年同月三一日付供述調書)と、また、被告人吉田義一は、二重払いしたということは明言できないが、その疑いはあると思つていた(同被告人の検察官に対する同年同月一五日付供述調書)、あるいは百万円使途がはつきりしないものがあるだろうと思つた(同被告人の検察官に対する同年同月三一日付供述調書)というのである。そしてその結果、判示の如く「村民の皆さんにお願い」なるチラシ(証二号)に、決算残金から百万円差引いたことは違法であり、しかも行方不明になつている旨記載してこれを村民に配布したうえ、説明会において本件名誉毀損の所為に出たものである。本件所為に及ぶまでの経過は以上のように認定できる。したがつて、右認定事実からするならば、右のような不十分な資料、伝聞の話だけで、それ以上の調査究明もせずして、被告人両名が、いずれも、説明会の席上において摘示した判示事実、すなわち、石田村長が昭和三〇年度の村の決算剰余金より一時借入金返済のため差引いた百万円を着服した、あるいはどこかへやつてしまつたとの不正行為の存在を真実と信じたものとは到底認められない。右の程度の資料や調査結果からでは、いかに飛躍推断したにせよ、通常人において、右百万円に関して石田村長に着服等の不正行為があるとの事実を信ずるとは到底考えられないからである。たかだか右百万円に関して村当局になんらかの不正行為があるかもしれないとの疑いを抱く程度にすぎないからである。詳言すれば、被告人両名が検討した資料というのは、単なる会計処理の結論のみを示す決算書にすぎず、会計処理の具体的過程を示す会計諸帳簿類を検討したわけでなく、また被告人両名が聞き及んだ話も、伝聞であるうえに、直接本件会計処理に関係した者の具体的な会計処理の話ではなく、しかも話の内容は、一時借入金を決算剰余金から差引くことは間違いであり、金にくるいが生ずるという一般的、抽象的な会計処理上の誤りを指摘したものにすぎないのであつて、通常、それだけのことから石田村長に着服等の不正行為があるものと信ずるとは到底考えられないところだからである。

同様にして、右の程度の資料の検討や、調査結果では、仮りに被告人両名が真実と信じたにしても、真実と信じるについて合理的根拠、ないしは相当な理由があつたものとも認められない。被告人両名が検討した資料、調査したところからは、昭和三〇年度の村の決算剰余金より一時借入金返済のため百万円差引いた会計処理は、前説示の如き一時借入金の性質からいつて会計処理の手続として誤りであること、すなわち、会計処理手続上誤りが存在するといえるだけであつて、その手続上の誤りが、実質的に着服等の不正行為に結びつくか否かは更らに検討を加えてみなければ判らないことである。ことに、それが七年も以前の事柄であつてみれば、なおさら慎重に検討、調査する必要がある。村役場において当時の村の会計帳簿類を閲覧検討することはできなくとも、少くも、東邦銀行浅川支店に一時借入金、貸付返済状況を問い合わせ、あるいは石田村長等当時の村当局者、あるいは会計担当者に面接して問題とする会計処理について尋ねるなどして調査し、その結果について検討を加えるべきであつた。また、本件所為以前の昭和三八年三月二九日には同村の監査委員北条佐四郎等によつて昭和三〇年度の村の決算剰余金の処理について自主監査が行なわれ、その結果が公表されていた(第一四回公判調書中証人北条佐四郎の供述部分、監査結果の公表についてと題する書面(証三四号))のであるから、右監査委員等に監査の内容について問い質し、検討すべきであつた。しかるに、被告人両名は、なんらそのような調査検討することもなく、前記会計処理手続上の誤りを直ちに実質的な着服等不正行為に結びつけて本件所為に及んだのである。それに、被告人両名が昭和三〇年度の村の決算剰余金より一時借入金返済のため百万円差引かれたことを石田村長の着服等の不正行為と結びつけたについては、次のような単純な誤信もあつたのではないかと推測される。すなわち、被告人両名は、昭和三一年八月二四日一時借入金百万円が村より東邦銀行に返済された後、同年九月二九日右百万円とは別に村議会の承認を経て昭和三〇年度の決算剰余金より百万円が一時借入金返済のため差引かれたものと誤信し、その誤信から決算剰余金より差引かれた百万円が二重払いとなり行方不明になつたものとして石田村長等の不正行為に結びつけたのでないかということである(このことは、前記チラシの内容及び被告人両名の説明会における説明内容(説明会に出席した証人は、被告人両名の説明内容に関して、次のように供述している。「昭和三〇年八月二四日に返済したので二百万円は返済ずみとなつた、ところが昭和三〇年九月三〇日の村議会の承認を得て更に百万円が差引かれたということで、そのことについての説明のようでした」(証人佐藤和男)、「八月に百万円返済したということです。ところが昭和三一年九月頃に村議会の承認を得て百万円を村長が借り受けたうえでこの金は同人のものだといつていると聞いたのです」(証人中川西重好)、「村が東邦銀行浅川支店から借入した二百万円については、八月二四日に返済されているのにまた百万円がどこかに支払われているのはおかしいということでした」(証人関根栄)、「二百万円の借りに対して六〇万、四〇万、百万と返済したにかかわらず、決算認定後に百万円を出されているということであつた」(証人金沢次男))から推認できる)。しかし、それが誤信であつて、昭和三一年八月二四日に返済された百万円というのは、決算剰余金より差引かれたものであり、その決算処理が同年九月二九日村議会の認定にかけられたのであつて、八月二四日と九月二九日の二度にわたつて百万円が差引かれたものでないことは、石田村長等当時の村当局者、あるいは会計担当者に尋ねれば直ちに明らかになつたものと考えられるのであるが、被告人両名はそれすらもしていないのである。というのも、被告人両名の本件所為の目的が、前叙の如く、村長選挙に際し、被告人両名の推す前田正男を有利にせんがためただ単に石田村長を非難することにあつたので、事実を究明するために必要不可欠な調査、検討をしようとの意思をもち合わさなかつたことによるものと考えられる(被告人両名の行動の軽々しきことは、村民に配布したチラシ(証二号)に、別に特別の調査をしたわけでないのに「ある機関の調査によると」などともつともらしく記載していることにもその一端がうかがわれる)。したがつて、被告人両名が、石田村長の着服等の不正行為について真実と信ずべき合理的根拠、ないしは相当な理由をもつていたものとは到底認められない。それゆえ、弁護人の右主張もまた理由がない。

(法令の適用)

被告人両名の判示所為は、いずれも包括して刑法六〇条、二三〇条一項、罰金等臨時措置法二条、三条に該当するので、その所定刑中いずれも禁錮刑を選択し、その所定刑期の範囲内で被告人両名をそれぞれ禁錮二月に処し、なお諸般の情状を考慮して刑法二五条一項を適用して被告人両名に対し本裁判確定の日から一年間それぞれ右刑の執行を猶予し、訴訟費用のうち証人長久保久義、同舟木忠光、同中川西茂、同中川西一郎、同柿沼源二、同佐藤和男、同中川西重好、同根本辰之助、同小山田忠一、同関根栄、同水野吉三郎、同松本精一、同関根経男、同国井卯吉、同青戸学男、同野崎重弥、同青戸敏哉、同前田栄美、同吉田義美、同国井一良、同阿久津辰弥、同石井芳美、同本郷銀七、同蛭田正、同湯坐二衛、同北条佐四郎、同蛭田守、同高坂盛栄、同国島義広に支給した分は、刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条により被告人両名に連帯して負担させることとする。

(量刑事由)

被告人両名が本件名誉毀損の所為に出た主たる動機、目的は、さきに説示したとおり、鮫川村の村長選挙を被告人両名の推す前田正男に有利に進めようとしたところにあるもので、同村の村財政の明確化、公正化を意図してなされた公務員批判というべきものではない。したがつて、そのため、七年も以前の村の決算処理を問題とするのにさしたる調査、検討をすることなく、薄弱な根拠から軽々しく本件所為に出ているのである。しかもその摘示事実の内容は、村長という村の要職にある者に対して公金の着服等の不正行為ありとするもので、またその摘示方法は、事務監査請求のための説明会に名を藉りて同村の処々に多数の村民を寄せ集めて行なつたのであり、その結果同村全体にわたつて大きな反響を呼び起し、場合によつては、村長としての社会的地位、ひいては政治生命を喪失させるほどの名誉毀損と認められ、これによつて被害者である石田卯子八が蒙つた名誉侵害の程度は重大であるといわなければならない。それゆえ、かような諸点からするならば、被告人両名の責任を軽視することはできない。しかしながら、被告人両名いずれも、これまで同村において真面目に農業に従事し、村の中堅人物として諸種の役職に就き、同村のため種々貢献してきており、将来も有能な人材として貢献しうることに鑑みると、この際は、被告人両名にその非を悟らせ、再びこの種の過誤を繰り返すことのなきことを期するをもつて足りると考えられるので、主文のとおり量刑する次第である。

(犯罪の証明のない公訴事実)

一、本件公訴事実中「被告人両名は、蛭田正等四名と共謀のうえ、昭和三八年四月中旬鮫川村大字赤坂西野字滑石阿久津良兄方において、同村の住民である金沢次男等約三〇名に対し、石田村長が同村の東邦銀行浅川支店に対する債務はなくなつたのに、昭和三一年九月二九日同銀行に対する債務の支払に充てるといつて、昭和三〇年度の決算残金より百万円を差引き、この百万円をどこかへやつてしまつた旨告知し、石田卯子八の名誉を毀損した」との事実について。

第五回公判調書中の証人金沢次男、同高坂久男、同阿久津良兄、同高坂正雄の各供述部分及び証人高坂盛栄の当公判廷における供述によれば、右各証人はいずれも右日時、場所において開かれた判示趣旨の説明会に出席し、その際被告人大竹茂から説明を受けた村民であるが、これらの全証人によるも、右説明会において被告人大竹茂が、昭和三〇年度の村の決算剰余金より差引かれた百万円に関して、「村が銀行から借りた二百万円が支払済であるのにまた百万円払われており、その使途が不明である」、あるいは「百万円は余計に出ているので二重に支払われていることになる」、あるいは「昭和三〇年度の決算に使途不明金がある」旨の発言をしたとの事実は認めることができるが、公訴事実にある如き同被告人が「石田村長が昭和三〇年度の村の決算剰余金より差引いた村金百万円をどこかへやつてしまつた」、あるいは「着服した」旨の発言をしたとの事実は認められない。それのみならず、検察官申請で村長選挙にあたつては石田村長を支持した証人金沢次男、同高坂久男及び検察官申請の証人高坂盛栄の各供述によるも、右説明会において被告人大竹茂が、石田村長の名をあげ、あるいは名はあげずとも説明や態度をもつて積極的に同村長を指示し、同村長が村金百万円を使途不明にしたとか、同村長が使途不明金に直接関係しているかの如き発言をしたことすら認められない。かえつて右各証人の供述によれば、被告人大竹茂は、使途不明にしたのが誰であるか、あるいは誰が使途不明金に関係しているかについてはなんらの発言説明もしなかつたものと認めざるをえないのである。とすると、被告人大竹茂の前記認定の発言の趣旨は、単なる村金処理に対する非難、あるいはそれを通じて村政に対する非難をしたものと解する他なく、そのかぎりで、右発言は、当時村政の最高責任者である石田村長に対する非難にはなりえても、同村長自身の不正行為をとりあげて直接同村長を非難したものと解することはできない。もつとも、村金の決算処理において銀行に対する債務が二重払いされていて村金百万円が使途不明になつた旨発言することは、聴衆一般に決算剰余金より差引いた村金百万円の支出に関して村当局者に横領等の不正行為があつたのではないかとの疑いを抱かせ、ひいては、聴衆の中に、村金の支出、決算の権限及び責任をもつ村長に不正行為があつたのではないかとの疑いを抱かせることにもなろうが、そしてまた、右趣旨にそう証人金沢次男の供述(「村の金についての支出は村長以外には権限がないので、村長が使つてしまつたのではないかと聞きに集つた人は皆そう思つたのではないかと推測します」)及び証人高坂盛栄の供述(「そんなことはないとは思いましたが、説明を聞いて着服したのではないか、横領したのではないかとも考えました」「当時の村長がやつたと感じました」「帰途村人がとんでもないことが起きたなあと言つているのを聞き、当時の村長がちよろまかしたと思つているのではないかと思いました」)もあるのではあるが、しかしながら、この場合、被告人大竹茂の前記認定の発言によつて村当局者として不正行為の疑いの対象となるのは、村長にかぎられるものでなく、通常、助役、収入役、あるいは会計係員など村金の出納管理に関係ある者に対しても、その程度に違いはあるにせよ、同様の疑いが抱かれるものと解せられ、村当局者に対する不正行為の疑いが必ずしも直接村長に結びつくものとは解せられないし、右証人金沢次男及び同高坂盛栄の供述も、聴衆が使途不明金百万円に関して石田村長に不正行為があると思つたのではないかとの右各証人の抱いた推測以上に出るものではなく、聴衆一般が使途不明金百万円に関する不正行為の疑いを直接石田村長に結びつけて抱いたものと認めるには足らない。むろん、被告人両名は、判示認定の他の説明会同様、本説明会も、村長選挙において石田村長を不利にしようとの意図のもとに石田村長時代の決算処理を問題にして開いたものであること、そして判示一ないし四の事実において認定した如く、被告人両名が他の説明会においては、石田村長が決算剰余金より差引いた村金百万円を着服した旨明言し、あるいはその旨の印象を与えていることから考えて、被告人大竹茂は、前記認定の発言によつて、石田村長に使途不明の村金百万円につき横領等の不正行為があるかの如き印象を与えようとの意図を有していたであろうことは推測するに難くないところではあるけれども、しかしながら、被告人大竹茂に右意図のあることを考慮に入れても、同被告人の本件発言は、聴衆一般に、使途不明と説明した村金百万円についての不正行為の疑いを直接石田村長に結びつけて抱かせるに十分な程度の具体性と強さをもつた発言とは認めることができない。してみれば、被告人大竹茂の右発言は、石田村長が村金百万円を着服した、あるいはどこかへやつてしまつた旨の告知をしたものでないことはもちろん、石田村長に村金百万円に関して横領等(単なる違法行為以上)の不正行為の疑いがある旨同村長の名誉を毀損すべき程度において事実を摘示したものとも認められない。したがつて、本件公訴事実については、事実の摘示の点において犯罪の証明がないというべきであるが、本件公訴事実は、判示認定の一ないし四の各名誉毀損の事実とともに包括一罪として起訴されたものと認められるから、主文において特に無罪の言渡をしない。

二、本件公訴事実中「被告人両名は、蛭田正等四名と共謀のうえ、昭和三八年四月一八日頃鮫川村大字赤坂東野字戸草所在鮫川小学校戸草分校において、同村の住民である岡部豊等約五〇名に対し、「村の公金百万円が役場の金庫から行方不明になつている。グラフを見ればわかるようにこれは銀行に二重に支払つたようになつている。この百万円は石田村長が着服したのではないか。このようなわけで、石田に村政を委せておけば、鮫川村は真暗闇になる」旨告知し、石田卯子八の名誉を毀損した」との事実について。

第一〇回公判調書中の証人岡部豊の供述部分及び第一一回公判調書中の証人岡部光四郎、同芳賀重良の各供述部分によれば、右各証人はいずれも右日時、場所において開かれた判示趣旨の説明会に出席し、その際被告人両名から説明を受けた村民であるが、これらの全証人によるも、被告人両名が、昭和三〇年度の村の決算剰余金より差引かれた百万円に関して、「村の金庫から百万円が行方不明になつている」「村が銀行から二百万円を借入れて三百万円払つたので百万円がどこかに行つてしまつた。その百万円は金庫からひとりで出るはずはないから誰かが使つたのではないか。着服したのではないか」「石田村政の全容はこのようなことによつて包まれているので、再選させれば真暗闇になるのではないか」との発言をし、かつ黒板に着服なる文字を書いた事実は認めることができるが、公訴事実にある如き被告人両名が「石田村長が村金百万円を着服したのではないか」、あるいは「どこかへやつてしまつたのではないか」との発言をしたとの事実は認められない。検察官申請の証人岡部豊の供述によるも、右認定の如く、被告人両名が村金百万円が行方不明であるなどとして石田村政に対する非難をした事実は認められるが、同証人の供述も、その村金百万円を誰が行方不明にしたかについては名前をあげて話はなかつたので、誰のことを指していたのか直接的には感じなかつたし、説明者の説明や態度からも決定的なことは感じられなかつたというのであつて、被告人両名のいずれかが石田村長の名をあげ、あるいは名はあげずとも説明や態度をもつて積極的に同村長を指示したうえ、同村長が村金百万円を着服した、あるいは村金百万円を行方不明にしたなど、同村長が右行方不明金に直接関係しているかの如き発言説明をしたことを認めることができない。したがつて、被告人両名の前記認定の発言の趣旨も、前記一の事実と同様、単なる村金処理に対する非難、あるいはそれを通じての村政に対する非難にとどまり、その意味で村政の最高責任者であつた石田村長に対する非難の域を出ないのであつて、同村長自身の不正行為をとりあげて直接同村長を非難したものと解することはできない。もつとも、被告人両名は同人等が行方不明になつたとする村金百万円について誰かが着服したのではないかと発言し、黒板に着服なる文字を書いている事実からすれば、被告人両名の前記認定の発言は、聴衆一般に村金百万円の支出に関して村当局者に横領等の不正行為があつたのではないかとの疑いを抱かせたものと解せられ(その趣旨にそう証人岡部光四郎の「被告人等の説明を聞いて泥坊したとは思わなかつたが、役場内の人が行方不明、あるいは二重払したのではないかと思つた」との供述がある)、ひいては、聴衆の中に、責任者たる村長に不正行為があつたのではないかとの疑いを抱かせることにもなろうが(証人岡部豊は、説明を聞いたときは誰とも名前を言わなかつたので、誰のことを指していたのか感じなかつたが、百万円の説明の他に石田村長を再選すれば村は真暗闇になると聞いて石田村長が着服したのではないかと後になつて考えたと供述している)、しかしながら、この場合も、前記一の事実同様、被告人両名の前記認定の発言によつて村当局者として不正行為の疑いの対象となるのは、村長にかぎられるものでなく、通常、助役、収入役、あるいは会計係員など村金の出納管理に関係ある者に対しても、その程度に違いはあるにせよ、同様の疑いが抱かれるものと解せられ、村当局者に対する不正行為の疑いが必ずしも直接村長に結びつくものとは解せられない。また聴衆一般が行方不明の村金百万円に関して不正行為の疑いをもち、それを直接石田村長に結びつけて抱いたものと認めるに足る証拠もない(証人岡部豊の供述も説明の後になつて同人が抱いた単なる推測の程度を出ないものである)。なお、このことは、前記一の事実同様、被告人両名が本説明会を開くにいたつた意図、目的、判示一ないし四の事実において認定した他の説明会における被告人両名の発言内容、そして本説明会においては石田村長を再選させれば、村は真暗闇になるのではないかとも発言していること(なお、右発言は、村金百万円の行方不明と結びつけてなされてはいるが、しかしながら、その発言も、石田村長自身が村金百万円の行方不明と直接関係あるような印象を与えるに十分な程度の具体性をもつたものとはいえず、未だ石田村政に対する一般的な非難の域を出ていない)、したがつて、被告人両名は石田村長に行方不明の村金百万円につき横領等の不正行為があるかの如き印象を与えようとの意図を有していたであろうことを考慮に入れても、変りはなく、被告人両名の本件発言は、聴衆一般に、行方不明と説明した村金百万円についての不正行為の疑いを直接石田村長に結びつけて抱かせるに十分な程度の具体性と強さをもつた発言とは認めることができない。してみれば、被告人両名の右発言は、石田村長が村金百万円を着服した、あるいはどこかへやつてしまつた旨の告知をしたものでないことはもちろん、石田村長に村金百万円に関して横領等(単なる違法行為以上)の不正行為の疑いがある旨同村長の名誉を毀損すべき程度において事実を摘示したものとも認められない。したがつて、本件公訴事実については、事実の摘示の点において犯罪の証明がないというべきであるが、本件公訴事実は、判示認定の一ないし四の各名誉毀損の事実とともに包括一罪として起訴されたものと認められるから、主文において特に無罪の言渡をしない。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 三宅陽)

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